現実と闘うためのピアノで居続けられるか?それとも、現実から逃げるために弾くピアノになってしまうか?

知っている方は知っていると思いますが、ぼくはピアノを弾き始めて1年と2カ月になりました。

はじめのうちは動画を撮って成長記録をつけていたのですが、時間がかかりすぎて休日がなくなるので今では動画も撮っていません汗

ただ、練習だけは地道に続けています。

現状はそんな感じです。

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なぜピアノを弾き始めたのか?に関して、まとめるとものすごく長くなるので、お正月の時間がある時にそれは書こうかなと思っています。

今日書きたい事は別にあって、先日に新宿に行った時の話を書きたいと思っています。

いつも新宿に行くと、高速バス停をすぐ降りた目と鼻の先にあるヨドバシカメラの5階(4階?)にある電子ピアノコーナーに行くんですね。

そして、ローランドやカワイの電子ピアノを弾くと…(お金があればシュタインウェイとかがいいよね笑

その時、自分とちょうど同じタイミングで腹の出た髪がちょっとテンパーのメガネのおっさんが入ってきて(恐らくサラリーマン?)、座って弾き始めていたんですよね。

またその座った時も、シャツの上から腰のあたりに腹の肉が乗ってるのがよくわかって、人としてだらしない感じが出てしまっている。

演奏の方はというと、演奏もそこそこうまかったんだけど、恐らくオトナから始めたんだろうなってレベルでして…

で、時々、ヨドバシカメラで演奏している人を目にすることがあります。

通算4人位でしょうか…演奏をしている人を見たことがあります。

みんなサラリーマンで、オトナから始めたんだろうなって人が全員でした。

この人たちを否定するつもりは全くないんですが、今日言いたい事の核はここにあって…

まず全員さえない感じで、モテなそうな雰囲気が漂っていて、人によっては俺を認めてほしい!と承認欲求が強すぎている人もいたりしている事なんです。

モテないやつが音楽をやるべきか否か問題ってありますよね…

別の言い方をすると、現実から逃げる手段として美しい旋律を持つピアノの世界に逃げている雰囲気をどうしても感じてしまうのです。

彼らを見ると、自分が演奏してる時にどう思われるのだろう?といつも考えてしまいます。

ピアノという楽器の性質上、現実と闘うための手段としての楽器にするのは難しいと思いますが、昨今の日本人を見ればピアノがロックになる時代が来てるのを感じます。

人気youtuberを見ればわかると思いますが、彼らに共通してないものがあります。

それは努力であり、日々の修練であり、日毎の成長なんです。

(視聴者が小学生、中高生がメインなのでそうならざるを得ないというのはもちろんわかってはいるつもり…)

僕がフィリピンにいた時も、周りは英語の勉強もしないやつがほとんどで、それでいて英語うまくなりたいとか日本語で言いながら、日本人に囲まれた場所に居続けるやつばっかりだったので、フィリピンにいる不真面目な日本人も人気youtuberとか人気ニコ生主とかもう見たくないんですね、ぼくは。

ピアノの上達には必ず修練が必要で、しかもやればやっただけ返ってくるし、毎日自分が成長してるのがわかります。

何が言いたいかよくわからない感じになってしまいましたが、自分が言いたい事はひとつで

youtuber的な奴らが鼻にワサビを入れて盛り上がっている所に、こんな現実ファックだと中指を指しながら、修練や成長のある毎日に俺は生きたいのだと、つまりそれは今ある現実と闘いながらピアノを弾くという事なんだと。

そんなピアノ弾きになりたいと思ってます。

おそらくこれからも続けていく事でしょう。

ヒッピーとかのフォーク系の人の演奏の現実から逃げる系、ヨドバシで弾いている人のような承認欲求満たしたいみたいになったらボクの敗北だと思って、これからも精進していきたい。

何か少し暗い感じにとられなくもないですが笑、毎日ぶつかっては修正して、これからも生きていくだけだと思ってます。

頑張ります。

ではまた